概要
地衣類は大きさ,生育地,名称が蘚苔類と酷似し,しばしば,混同される。しかし,地衣類は,菌類と藻類が共生した複合生物であり,学問的には蘚苔類と縁遠い菌類の仲間として扱われる。名前も共生する菌類である共生菌に対して与えられる。単独生物同様に地衣類でも親から子へ形態などの形質は,引き継がれる。地衣類の共生菌の99.6%は子嚢菌類で,0.4%が担子菌類である。子嚢菌類全体の少なくとも43%は地衣化していることが分かっているが,研究が進むとその数値が増える可能性がある。一方,共生する藻類である共生藻のほとんどは単細胞性緑藻が多く,少数としてシアノバクテリアを共生藻としている。地衣類は大気汚染に大変敏感な反面,極めて頑強な共生体であり太陽光線さえ得られれば,南極から砂漠までありとあらゆる基物上で生育し,世界で2万種程度,国内でも約1500種報告されている。基本的には,共生菌も共生藻も単独では生活し難いようである。
福岡県の地衣類研究の記録は,我が国では先駆的である。Nylander(1890)「Lichenes Japoniae」では,Mozi(北九州門司港)付近で多くの採集記録がなされている。1963年~1973年に生物福岡に連載した大内準の研究「九州の地衣類」のシリーズでは,英彦山など福岡県を中心に九州全体の地衣類フロラを調べ,地衣類に興味のある初心者にとっても貴重な文献となっている。大内氏にとって同定困難な標本は当時の東京大学の朝比奈康彦に送り,朝比奈博士と黒川逍博士によって同定されている。なかには新種発表の基準標本もあった。現在,ほとんどの大内標本は,宮崎県の服部植物研究所に収められ後進の貴重な財産となっている。その後も英彦山産を中心に,モノグラフ的な研究やフロラ的な研究で福岡産地衣類の報告が続けられている。
選定基準
選定基準は,現在の珍しさではなく,将来の絶滅の可能性を数値化すべきものであるが,地衣類の場合,資料は少なく,標本数,文献調査により将来の危険度を判断している。
生育環境と保全対策
地衣類の生育環境は大変広く,光さえあれば地球の陸地で,何らかの種が暮らしている。一方,大気汚染には一般に弱い。おそらく,共生関係に何らかの障害があるのであろう。また,地衣類は成長が極めて遅い。そのため,劇的に消失する可能性がある。
1970年代以前に,大内氏が採集した標本は,服部植物研究所に収められているが,ヨシノミヤマクグラをはじめ,どの標本袋も豊かに採集されている。現在英彦山では,調べた限りでは見られなくなっている。急激に姿を消した原因には,地衣類を食べる動物(貝類,昆虫類)の可能性もあるが,正確に種を区別する傾向のある捕食活動なら,全ての地衣類の一般的な現象は説明できない。地球全体の環境変化による温暖化,乾燥化,あるいは大規模な大気汚染が考えられる。
現実的に可能な保全対策としては,対象種付近での森林伐採,宅地造成などを慎重にすることが挙げられる。
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