福岡県レッドデータブック

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各分類群の概論

概要

福岡県の藻類(海藻,淡水藻)はRDB2011で初めて載せられたグループで,それまでのデータの蓄積がほとんどなかったことから,環境省のレッドリスト,ならびに近隣県の希少種に関する情報を参考に計11種の掲載を決めた(絶滅危惧Ⅰ類3種,絶滅危惧Ⅱ類4種,準絶滅危惧3種,情報不足1種)。福岡県RDB2011に掲載された11種の分類群をみると,原核藻類であるシアノバクテリア(藍藻類)が1種,アオサ藻が1種(現在はトレボクシア藻綱として扱われる),車軸藻が1種,紅藻が8種であった。その後,本改訂までの約10年間のデータの蓄積はほとんどないのが現状である。したがって,本資料では,基本的にRDB2011で選定された種を踏襲しつつ,環境省レッドリストの植物分科会発足後の2年間で実施された調査(野外,標本,文献)の結果に基づいて種の選定を行った。

  • (1) 海産大型藻類(海藻)

    海藻は,日本全体では1,500種程度,一般にアオサ藻,紅藻,褐藻の3つの系統群に分類される。海藻は沿岸域の生態系の重要な要素であるとともに,その環境の現況や変化を知る上で重要である。しかし,海藻の多くは生育期間(寿命)が短いものでは数か月,長いものでも数年程度と言われており,種類によっては一年の間で肉眼的な巨視的世代と,顕微鏡的な微視的世代が交代する生活史型(異形世代交代)を示す。そのため,生育する種が季節的に肉眼では認められなくなったり,生育場所の環境変化により短期間で消失することがある。一方,胞子などの生殖細胞による分散は比較的容易なため,その種の生育に好適な環境が整えば,比較的長期間観察されなかった種が再び出現することも起こりうる。そうした意味で,希少種選定やカテゴリー区分が難しいグループと言える。

    福岡県の海岸線は九州北岸の日本海側の筑前海(響灘,玄界灘,博多湾),東シナ海側の有明海,瀬戸内海側の豊前海に面している。県内の海藻相としては,福岡県高等学校生物研究会編「福岡県植物誌」(1975)が最初で,それ以降,県内の海藻相の全容に関する新たな出版物は刊行されていない。一方,1956年に出版された福津市津屋崎の採集リストが地域の海藻相としては充実しており,169種(アオサ藻23,褐藻64,紅藻82)が掲載されている(沢田,1956)。他には,博多湾における主要な出現種リストや藻場調査の一環として主要な大型海藻のリストが出版されている程度である(川口・上ノ薗,1997;中村ほか,2002;日高ほか,2016)。本改訂では,津屋崎の採集リストを参考にしつつ,九州大学農学部に収蔵されている海藻標本を調査し,近年生育確認ができていない2種(ホソエガサ,ヨゴレコナハダ)を新たにリストに加えた。一方,有明海側や豊前海側には干潟が多く出現種数が多くないためか海藻相リストは見当たらないが,2012年に豊前海側の河口域でアサクサノリ(紅藻)の県内初記録が報告された。最終的に,海藻類としては計7種の掲載を決めた。なお,継続的な調査が難しい深所性(ここではスキューバ潜水可能な10 m以深も含める)海藻類は評価の対象とはしていない。

  • (2) 淡水大型藻類(淡水藻)

    淡水藻はアオサ藻,紅藻,褐藻,トレボクシア藻に見られる。原核藻類であるシアノバクテリア(藍藻)のうち,群体性で肉眼的な大きさになるスイゼンジノリは淡水藻に含める。これらの淡水藻は,河川,用水路,湖沼,ため池,水田などに分布し,礫石,コンクリートなどの人工物,他の藻類,水草,貝類の殻に着生する。

    淡水藻も同じく県内のまとまったリストが出ていないが,河川の治水事業やダム事業に関する環境アセスメントによる事業報告書の中でリストが作成されている可能性があるぐらいである。淡水紅藻についての産地情報をまとめた文献(熊野ほか,2002)や,国内の淡水大型藻の実態に詳しい洲澤譲氏から提供いただいた淡水藻の分布情報を参考に,2種(イズミイシノカワ,タンスイベニマダラ)を新たに加えた。

    一方,湖沼,ため池,水田を主な生育地とする車軸藻類については,本県にもシャジクモ属とフラスコモ属が生育していると思われるが,今回の調査では適当な調査員が不在だったため十分な調査ができず,掲載種の選定を検討するまでには至らなかった。筑豊地方,福岡地方のため池を調査された植物分科会の山根委員より車軸藻類の標本の提供を受けたが種同定には至らず,今回は,前回からの引継ぎでシャジクモのみを掲載するにとどまった。次回の改訂までに植物分科会(第一グループ)の委員・調査員を中心に,車軸藻類の採集・種同定を進め,まずは県内の分布状況の把握が進むことを切に願う。成果としては未だ不十分と言わざるを得ないが,本資料の出版目的に多少なりとも貢献できれば幸いである。本報告が多くの方の目に留まり,藻類に関心をもつ方が増えることを期待したい。

選定基準

基本的に他の植物分類群と同じであるが,藻類の定量調査はもちろんのこと,定性調査ですら十分に行えていないのが現状である。本改訂においては,RDB2011に比べ,定量的な判断をより正確に行うための調査結果が今回も十分に得られていない。基本的にはRDB2011での評価を基準に,今回新たに実施した野外・文献・標本調査を実施した結果を加味して総合的に判断した。なお,藻類の場合は,他の陸上植物や動物のように成熟個体数の変動を把握することが難しい場合が多いため,出現範囲もしくは生育地面積,生育地点数,生育地の質を評価の軸とした。希少種の選定とカテゴリー決定には,長期にわたる継続した調査結果の積み重ねが重要である。

生育環境と保全対策

海藻と淡水藻が生育する環境を汽水域,潮間帯,潮下帯,淡水流水域,湖沼・ため池・水田の5つに類別し,それぞれについて生育環境と保全対策を述べる。

  • (1) 汽水域(アヤギヌ,アサクサノリ)

    アヤギヌは河川感潮域の礫石やコンクリート護岸にも着生するが,主たる着生基質はヨシの茎である。今回アヤギヌを確認できた瑞梅寺川や雷山川の汽水域にはヨシ群落が発達しており,それらの保全が重要となる。一方,県内でアサクサノリが確認された豊前海側の3河川の河口には広い感潮域が形成されており,小石,木の枝,コンクリート製の護岸堰,他の海藻など様々なものが着生基質となっている。埋立てなどの開発により干潟や河口域の環境が大きく変化すると生育地の劣化につながる。生育環境の維持が重要である。他県ではヨシの茎への着生が見られているが,本県ではまだ確認されていない。

  • (2) 潮間帯(イチマツノリ)

    県内では能古島の限られた箇所でのみ確認されている。コンクリート製の土台,もしくはそこに着生するカキ殻が着生基質となっており,この生育場を恒久的に維持できるかどうかが鍵となる。

  • (3) 潮下帯(トサカノリ,スギモク,ヨゴレコナハダ,ホソエガサ)

    県内では,いずれの種も天然の岩礁海岸で生育する。特にスギモクは底質が砂礫,ホソエガサはアマモやウミヒルモの群落周辺の砂泥域に堆積する貝殻が散在する場所が必要である。個体数が激減した理由は不明だが,埋立てを伴う沿岸工事などによる着生基質の喪失,土砂流入などで透明度の低下やシルトの堆積による生理障害が発生することが要因と考えられる。

  • (4) 淡水流水域(スイゼンジノリ,オオイシソウ,オキチモズク,チスジノリ,カワノリ,イズミイシノカワ,タンスイベニマダラ)

    水の清澄な湧水域や貧栄養な上中流域,湧水地に近い平野部の小川や農業用水路など,種により生育環境は様々である。生育地の消滅や生育面積の縮小をもたらす要因としては,護岸工事,水路変更,圃場整備,湧水量の低下,農地や畜舎からの栄養塩類の流出により水質汚濁,汚濁に強い水草や珪藻類,あるいは河畔林の被覆による低照度化が環境劣化につながる場合がある一方で,逆に半日陰を好む種の場合は,樹木の伐採により強光環境になることが個体群の消滅につながることもありうる。

  • (5) 湖沼・ため池・水田

    これらの止水環境は,主に車軸藻類が生育する場であるが,特にため池は環境劣化の激しい生育環境であることを環境省レッドリストに掲載されている藻類の約3分の1を占めていることが物語っている。日本全国のため池や水田約240地点を調査した国立環境研究所の事業では,山間部で現在もまだ利用されているため池で多くの種が確認されるも,富栄養化が進んで透明度が著しく低下しがちな平地のため池では,車軸藻類が生育できない場合が多かったようである。県内の農業用ため池データベースによると,2024年3月31日時点で4,746点(ただし,1つの池で複数点がカウントされている場合がある)の登録がある。車軸藻類の減少要因としては,富栄養化による水質悪化,藻体への浮泥の堆積,光量低下が挙げられる。農家戸数の減少や土地利用の変化から農業用ため池の管理体制の維持が課題だと言われているが,定期的な水底の泥さらいや堰堤の草刈りといった管理の徹底が車軸藻類の多様性維持には不可欠である。

写真提供者名

川口栄男

参考文献(引用文献)

  • Guiry, M. D. and Guiry, G. M., 2024. AlgaeBase. World-wide electronic publication. University of Galway. https://www.algaebase.org
  • 福岡県,2024.ため池データベース(平成6年3月31日時点).https://www.pref.fukuoka.lg.jp/contents/nougyoutameike.html
  • 川口栄男・上ノ薗雅子,1997.福岡周辺海藻採集地案内.藻類45: 117-119.
  • 熊野 茂ほか,2002.1995年以降に確認された日本産淡水紅藻の産地について.藻類50: 29-36.
  • 中村優太・鶴田幸成・川口栄男,2012.福岡市周辺の海産生物調査.I.博多湾の海藻・海草類.九大農学芸誌 67: 1-8.
  • 尾田成幸ほか,2012.福岡県豊前海河口域に生息するアサクサノリの発見.福岡県水産海洋技術センター研究報告 22: 77-81.
  • 沢田武男,1956.津屋崎で採集した海藻(謄写版).九州大学農学部附属水産実験所.
  • 田中次郎ほか,2022.絶滅のおそれのある野生生物の選定・評価検討 -レッドリスト2020藻類-.藻類 70: 29-37.
  • 渡邉 信ほか,2012.藻類ハンドブック.エヌ・ティー・エス.

図表

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