福岡県の自然(2)
(2)気候 生物の分布や生態に関係する気象要素としては,気温と降水量が重要である。福岡県下の地域気象観測システム(アメダス)による県内各地の年平均気温および降水量は表3-1のとおりである。また,これらの観測地点は黒木(標高144 )および添田(120 )以外は標高40 以下にあり,全観測地点から求めた本県平野部の年平均気温は15.5 となる。一方山地に関しては,気温の垂直低減率を0.56 /100 とすると,標高1000 地点で約10 である。この気温は東北北部の平野部に相当する。降水量に関しては,沿岸部の一部を除いて1600mm以上の降水があり,県境山地の中腹以上では2400~2600mmに達している。 本県は日本の西南端に近く,対馬海流の支流が流れる玄界灘に面するため,月平均気温,最低気温の平均値,年間寒暖日数など,年間を通した気候要素を見ると暖帯的要素が強い。しかし日本海側に位置することから,玄界灘,響灘に面した福岡,北九州地方は冬季には大陸高気圧から吹き出す寒気の影響を受け,沿岸部を中心に季節風が吹き付ける日が多く,日本海型気候区の特徴を示す。太平洋に面する大分,宮崎両市と福岡市の気象要素を比較してみると(表3-2),特に冬季について快晴日数,降水量,降雪日数などに有意の差があり,顕著な違いが見受けられる。しかし,典型的な日本海型気候区では冬季に降水量の最大値が来ることから,夏季に最大となる本県付近は太平洋型気候区への漸移帯であると考えられている。筑後平野を中心とする内陸平野部は内陸型気候区に属する。三方を脊振山地,三郡山地,筑肥山地などの山に囲まれ,最高気温が高く最低気温が低い内陸気候の特徴を示す。南部は有明海に面するものの水深が浅くその影響は小さい。他地方に比べ降水量が多く,暴風雨日数が少ない。筑豊盆地は日本海型に属するものの,気温の日較差,年較差ともに県内最高で,かつ晩秋から初春にかけて霧の発生が著しく多く,盆地特有の気候を示している。 山地型気候区は,年平均気温14 以下でかつ1月平均気温4 以下の山地で成立する。県内の,おおむね標高200 以上の山地はこの気候区に属する。11月~4月は降霜が見られ,12月~4月は降雪がある。山地上部では,積雪の有無が植生に影響するが,標高の高い英彦山地や玄界灘に近い脊振山地の中腹以上ではしばしば降雪があり,山頂付近では時として50cmに達する場合もあるが根雪となることはまれである。南部大分県境の釈迦岳山地や,標高900 前後の三郡山地,古処山地などでは積雪量は少ない。 |
表3-1 県内各地の年平均気温および降水量
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(1979~1999年平均値:福岡管区気象台地域気象観測資料より算出)
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表3-2 福岡と大分,宮崎との気象要素の比較 |
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(1961~1990平均値:理科年表より抜粋)
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図3-3 九州の気候区分図
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図3-4 年平均気温等値線図
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図3-3,福岡県の気象100年(1990刊)。図3-4・図3-5,九州の気象(1964刊)より引用。ともに福岡管区気象台編集。表3-1・2,図3-4・5のデータの統計期間はそれぞれ下記のとおりである。 表3-1:1979~1999年平均(アメダス記録) 表3-2:1961~1990年平均(気象庁平年値) 図3-4・5:1926~1960年平均(福岡管区気象台記録) *気象庁平年値は30年単位で,10年毎に更新される。 | |
図3-5 年平均降水量等値線図
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植物群落の生態分布と関係する気候指数の一つに暖かさの指数,寒さの指数がある(吉良,1948)。これらの指数は植物が活動を開始するとされる,月平均気温5 | を基準とする積算温度で示されており,暖かさの指数は月平均気温5 以上,寒さの指数は5 以下の各月の平均気温から,5 を引いた残りの数値を積算したものである。吉良はこの積算温度および乾湿指数で,日本の森林帯の垂直・水平分布を次のように区分した。
15 45 ~85 ;夏緑樹林 85 ~180 ;照葉樹林 180 ~240 ;亜熱帯多雨林 *緑カシ類の上限は寒さの指数-10~-15 |
~45 ;亜寒帯針葉樹林
吉良の数値は1日数回の日平均気温で算出されており,現在測定されている最高・最低平均気温と異なることから,上記の指数を修正すると,夏緑樹林帯と照葉樹林帯の区分点は暖かさの指数90 | ,寒さの指数-11~-16 となる。本県の暖かさの指数90 の線は標高780 (英彦山地)~750 (脊振山地)で,夏緑樹林帯の代表的な種であるブナの下限とほぼ一致し,寒さの指数-16 の線は標高990 (英彦山地)~940 (脊振山地)で,照葉樹林帯最上部の代表的な種であるアカガシの上限とほぼ一致する。本県は日本の南部に位置し冬季が比較的温暖なため,アカガシをはじめとする照葉樹が夏緑樹林帯下部へ混交している。また,照葉樹林帯の代表的な植生であるスダジイ群落について見れば,暖かさの指数120 以上でスダジイ-ヤブコウジ群落,120 以下でスダジイ-ミミズバイ群落となる傾向が顕著である。暖かさの指数から見た本県は,県境山地の一部を除く全域が入っていることがわかる。なお,本県の年降水量は全域で1500mmを越え,降水量からは森林成立の条件を満たしている。 県内の主な地点の暖かさの指数,寒さの指数は表3-3のとおりである。 (冷川昌彦)
表3-3 県内各地の暖かさの指数・寒さの指数
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*+指数;暖かさの指数 -指数;寒さの指数 (冷川:1974より改写)
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図3-6 暖かさの指数等値線図(冷川:1974,生物福岡13号)
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図3-7 県内夏緑樹林帯の主な群落の分布(福岡県植物誌:1975より改写)
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