福岡県レッドデータブック

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希少野生生物の選定の考え方

 いわゆるレッドリストやレッドデータブックと言われるものは,絶滅の恐れのある野生生物を対象としている。絶滅の恐れの度合いをいくつかのカテゴリーに区分し,ある地理的範囲に生息する野生生物群に対して,そのカテゴリーに該当する種(または亜種,地域個体群など)をリストアップしたものがレッドリストである。また,各該当種などについてカテゴリーとともに,生息状況や絶滅へ向かわせている要因や生態などについて記述したものがレッドデータブックである。この場合,対象とする地理的範囲が地球全体であればIUCN(国際自然保護連合)のレッドリスト(IUCN 1996)がその一例であり,日本をその対象範囲とすれば環境庁のレッドデータブック(環境庁 1991a, 1991b)やレッドリスト(環境庁 1997 など)が該当する。また各県を対象範囲とすれば,各県のレッドデータブック(神奈川県レッドデータ生物調査団 1995,沖縄県 1996 など)がある。本書は,その対象範囲を福岡県とするレッドデータブックである。  
 これらレッドリストやレッドデータブックを作成する際に使われる,絶滅の恐れの度合いを示すカテゴリーの定義については,いろいろと考えることができ, これまでに種々の定義がなされてきた。その中で,IUCNは1994年に新しいレッドリストカテゴリーを採択した(IUCN/SSC 1994)。それは,これまでにIUCNが使ってきた定性的な定義とは異なり,個体群の減少率,生息地面積,成熟個体数,絶滅確率などの数値基準を用いた 定量的な定義であり,判定基準に客観性を持たせたものであった。これを受けて,環境庁は1997年に,環境庁版レッドデータブックのカテゴリー基準を検討 し発表した(環境庁 1997)。そして,IUCNが採択した『数値基準による客観的評価は今までの定性的な評価よりも好まし』く,『この新カテゴリーが今後世界的に用いられ ていくと考えられることから,基本的にこのカテゴリーに従うべき』であるとした。しかし,現実的な対応の都合を考えると,『数値的に評価が可能となるよう なデータが得られない種も多いことから,今までの「定性的要件」と,新たに示された「定量的要件」(数値基準)を併用し,数値基準に基づいて評価すること が可能な種については,「定量的要件」を適用する』とした。環境庁が新しく採用したレッドデータブックカテゴリーの定義を表1-1に示す。  
 一般に,レッドリストやレッドデータブックを編さんし公表することの意味は,絶滅に瀕する野生生物の具体的な存在について社会的に共通の理解を深めても らい,該当種などの保護とその生息地の保全を進めていくことを促すことにあると思われる。そのためには,絶滅の恐れの度合いを示すカテゴリー基準について は,客観的なものであることが望まれるし,また地球レベル・国レベル・県レベル・市町村レベルを通じて,統一的なカテゴリー基準が採用されることが望まし いであろう。その意味で,本書では基本的に環境庁(1997)の新カテゴリーの定義を採用することとした。したがって,その基本的なカテゴリーは,絶滅, 野生絶滅,絶滅危惧I類(IA類およびIB類),絶滅危惧Ⅱ類,準絶滅危惧,情報不足となる。本書での掲載種の選定は,福岡県希少野生生物調査検討委員会 の各分科会で行った。分科会によっては,追加的に新たなカテゴリーをいくつか設定した場合がある。それらのカテゴリーの定義も含め,各分類群における掲載 種の選定方法については,各分科会の項を参照していただきたい。各分科会は次のとおりである。植物群落,維管束植物,哺乳類,鳥類,両生類・爬虫類,淡水 魚類,昆虫類(鱗翅類),昆虫類(甲虫類ほか),陸・淡水産貝類,淡水産動物。  
各分科会において選定された掲載種数を表1-2に示す。    (武石全慈)

表1-1 環境庁カテゴリー
表1_1
(注)絶滅危惧 I 類のうち、数値基準によりさらに評価が可能な種については絶滅危惧 I A類および絶滅危惧 I B類として区分した。

 

■カテゴリー定義
区分および基本概念 定性的要件 定量的要件
絶滅
Extinct(EX)
我が国ではすでに絶滅したと考えられる種(注1)
過去に我が国に生息したことが確認されており、飼育・栽培下を含め、我が国ではすでに絶滅したと考えられる種  
野生絶滅
Extinct in the Wild(EW)
飼育・栽培下のみで存続している種
過去に我が国に生息したことが確認されており、飼育・栽培下を含め、我が国ではすでに絶滅したと考えられる種

【確実な情報があるもの】
1.信頼できる調査や記録により、すでに野生で絶滅したことが確認されている。
2.信頼できる複数の調査によっても、生息が確認できなかった。
【情報量が少ないもの】
3過去50年間前後の間に、信頼できる生息の情報が得られていない。
 































 
絶滅危惧Ⅰ類
    (CR+EN)
絶滅の危機に瀕している種

現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、野生での存続が困難なもの。
次のいずれかに該当する種

【確実な情報があるもの】
1.既知のすべての個体群で、危機的水準にまで減少している。
2. 既知のすべての生息地で、生息条件が著しく悪化している。
3. 既知のすべての個体群がその再生産能力を上回る捕獲・採取圧にさらされている。
4.ほとんどの分布域に交雑のおそれのある別種が侵入している。
【情報量が少ないもの】
5.それほど遠くない過去(30~50年)の生息記録以後確認情報がなく,その後信頼すべき調査が行われていないため,絶滅したかどうかの判断が困難なもの。
絶滅危惧 I A類
Critically Endangered
 (CR)

ごく近い将来における野生での絶滅の危険性が極めて高いもの。
絶滅危惧ⅠA類(CR)

A.次のいずれかの形で個体群の減少が見られる場合。
 1.最近10年間もしくは3世代のどちらか長い期間(注2)を通じて,80以上の減少があったと推定される。
 2.今後10年間もしくは3世代のどちらか長い期間を通じて,80以上の減少があると予測される。
B.出現範囲が100未満もしくは生息地面積が10未満であると推定されるほか,次のうち2つ以上の兆候が見られる場合。
 1.生息地が過度に分断されているか,ただ1カ所の地点に限定されている。
 2.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に継続的な減少が予測される。
 3.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に極度の減少が見られる。
C.個体群の成熟個体数が250未満であると推定され,さらに次のいずれかの条件が加わる場合。
 1.3年間もしくは1世代のどちらか長い期間に25以上の継続的な減少が推定される。
 2.成熟個体数の継続的な減少が観察,もしくは推定・予測され,かつ個体群の構造的に過度の分断を受けるか全ての個体数が1つの亜個体群に含まれる状況にある。
D.成熟個体数が50未満であると推定される個体群である場合。
E.数量解析により,10年間,もしくは3世代のどちらか長い期間における絶滅の可能性が50以上と予測される場合。
    絶滅危惧 I B類
Endangered(EN)

ⅠA類ほどではないが,近い将来における野生での絶滅の危険性が高いもの
絶滅危惧 I B類(EN)

A.次のいずれかの形で個体群の減少が見られる場合。
 1.最近10年間もしくは3世代のどちらか長い期間を通じて,50以上の減少があったと推定される。
 2.今後10年間もしくは3世代のどちらか長い期間を通じて,50以上の減少があると予測される。
B.出現範囲が5,000未満もしくは生息地面積が500未満であると推定されるほか,次のうち2つ以上の兆候が見られる場合。
 1.生息地が過度に分断されているか,5以下の地点に限定されている。
 2.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に継続的な減少が予測される。
 3.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に極度の減少が見られる。
C.個体群の成熟個体数が2,500未満であると推定され,さらに次のいずれかの条件が加わる場合。
 1.5年間もしくは2世代のどちらか長い期間に20以上の継続的な減少が推定される。
 2.成熟個体数の継続的な減少が観察,もしくは推定・予測され,かつ個体群の構造的に過度の分断を受けるか全ての個体数が1つの亜個体群に含まれる状況にある。
D.成熟個体数が250未満であると推定される個体群である場合。
E.数量解析により20年間,もしくは5世代のどちらか長い期間における絶滅の可能性が20以上と予測される場合。
絶滅危惧II類
Vulnerable(VU)
絶滅の危険が増大している種

現在の状態をもたらした圧迫要因が引き続き作用する場合、近い将来「絶滅危惧近い将来「絶滅危惧Ⅰ類」のランクに移行することが確実と考えられるもの。
次のいずれかに該当する種

【確実な情報があるもの】
1.大部分の個体群で個体数が大幅に減少している。
2.大部分の生息地で生息条件が明らかに悪化しつつある。
3.大部分の個体群がその再生産能力を上回る捕獲・採取圧にさらされている。
4.分布域の相当部分に交雑可能な別種が侵入している。
A.次のいずれかの形で個体群の減少が見られる場合。
 1.最近10年間もしくは3世代のどちらか長い期間を通じて,20以上の減少があったと推定される。
 2.今後10年間もしくは3世代のどちらか長い期間を通じて,20以上の減少があると予測される。
B.出現範囲が20,000未満もしくは生息地面積が2,000未満であると推定されるほか,次のうち2つ以上の兆候が見られる場合。
 1.生息地が過度に分断されているか,10以下の地点に限定されている。
 2.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に継続的な減少が予測される。
 3.出現範囲,生息地面積,成熟個体数等に極度の減少が見られる。
C.個体群の成熟個体数が10,000未満であると推定され,さらに次のいずれかの条件が加わる場合。
 1.10年間もしくは3世代のどちらか長い期間に10以上の継続的な減少が推定される。
 2.成熟個体数の継続的な減少が観察,もしくは推定・予測され,かつ個体群の構造的に過度の分断を受けるか全ての個体数が1つの亜個体群に含まれる状況にある。
D.個体群が極めて小さく,成熟個体数が1,000未満と推定されるか,生息地面積あるいは分布地点が極めて限定されている場合。
E.数量解析により,100年間における絶滅の可能性が10以上と予測される場合。
準絶滅危惧
Near Threatend (NT)存続基盤が脆弱な種

現時点での絶滅危険度は小さいが,生息条件の変化によっては「絶滅危惧」として上位ランクに移行する要素を有するもの。
次に該当する種

生息状況の推移から見て,種の存続への圧迫が強まっていると判断されるもの。具体的には,分布域の一部において,次のいずれかの傾向が顕著であり,今後さらに進行するおそれがあるもの。
a)個体数が減少している。
b)生息条件が悪化している。
c)過度の捕獲・採取圧による圧迫を受けている。
d)交雑可能な別種が侵入している。
 
情報不足
Data Deficient (DD) 存続基盤が脆弱な種

評価するだけの情報が不足している種
環境条件の変化によって,容易に絶滅危惧のカテゴリーに移行し得る属性(具体的には,次のいずれかの要素)を有しているが,生息状況をはじめとして,ランクを判定するに足る情報が得られていない種
a)どの生息地においても生息密度が低く希少である。
b)生息地が局限されている。
c)生物地理上,孤立した分布特性を有する(分布域がごく限られた固有種等)。
d)生活史の一部または全部で特殊な環境条件を必要としている。
 
(注1)種:動物では種及び亜種,植物では種,亜種及び変種を示す。
(注2)最近10年間もしくは3世代:1世代が短く3世代に要する期間が10年未満のものは年数を,1世代が長く3世代に要する期間が10年を越えるものは世代数を採用する。

 

■付属資料
区分および基本概念 定性的要件 定量的要件
絶滅のおそれのある地域個体群
Threatend LocalPopulation(LP)

地域的に孤立している個体群で,絶滅のおそれが高いもの。
次のいずれかに該当する地域個体群

1.生育状況,学術的価値等の観点から,レッドデータブック掲載種に準じて扱うべきと判断される種の地域個体群で,生息域が孤立しており,地域レベルで見た場合絶滅に瀕しているかその危険が増大していると判断されるもの。
2.地方型としての特徴を有し,生物地理学的観点から見て重要と判断される地域個体群で,絶滅に瀕しているか,その危険が増大していると判断されるもの。
 

 

表1-2 福岡県レッドデータ種の内訳

 

カテゴリー Ⅰ類 Ⅰ~Ⅱ類 Ⅱ類 Ⅲ類 Ⅳ類
植物群落 5 1 20 27 17 70

 

カテゴリー 絶滅 絶滅危惧IA類 絶滅危惧IB類 絶滅危惧Ⅱ類 準絶滅
危惧
情報不足 その他
カテゴリ
維官束植物 38 199 97 95 18 132 野生絶滅
1
580
哺乳類 4 絶滅危惧
3
9 7   23
鳥 類 2 6 7 23 23 2 保全対策依存 1 64
爬虫類 - - 1 1 4 -   6
両生類 - 1 1 4 1 -   7
淡水魚類 - 7 4 7 13 5 野生生物1
天然不明4
41
昆虫類
鱗翅類
1 絶滅危惧I類
16
20 19 -    56
昆虫類
甲虫類他
1 絶滅危惧I類
25
46 22 15   109
陸・淡水産
貝類
2 絶滅危惧I類
32
17 7 -   58
淡水産動物 - 絶滅危惧
6
14 2 地域
固体群1
23

 

(参考文献)
IUCN/SSC. 1994. IUCN Red List Categories.21pp. IUCN, Gland, Switzerland.
IUCN. 1996. 1996 IUCN Red List of Threatened Animals.448pp. IUCN, Gland, Switzerland.

神奈川県レッドデ-タ生物調査団.1995.神奈川県レッドデータ生物調査報告書.神奈川県立博物館調査研究報告(自然科学),(7):1-257
環境庁.1991a.日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-(脊椎動物編).日本野生生物研究センター.東京.334pp.
環境庁.1991b.日本の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータブック-(無脊椎動物編).日本野生生物研究センター.東京.274pp.
環境庁.1997.植物版レッドリストの作成について.環境庁.東京.80pp.
沖縄県.1996.沖縄県の絶滅のおそれのある野生生物-レッドデータおきなわ-.沖縄県,沖縄.479pp.
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