序文
本県は人がすみついてからの歴史が古く、かつ人口密度も高い。 そのために原生的自然は少ない。 しかし、近代までの人の生活は自然にとけ込んだかたちで行われていたために、自然の破壊の度合いも少なく、破壊の程度も自然が十分回復できるレベルのものであった。 人の生活基盤である農耕には、寺や神社が関わる農耕儀礼が中心的な役割を果たし、社寺林は聖域として、近年までそのほとんどが自然な姿で守られてきた。 また、雑木林を中心とする里山環境も適度な管理を受けながら維持されてきた。 しかし、この数十年間にもたらされた人里環境の激変により、鎮守の森や里山に依存した動植物は、その多くが絶滅の危機に立たされている。
このたび本県で絶滅に瀕した野生動植物種(レッドデータ種:以下RD種と記載)の選定を行うに当たり、その基本をどのような点に絞るかが議論された。 我が国は南北に2千
余の国土を持ち、多様な生物が生息していることはよく知られている。 その中で現在絶滅の危険がある種は国として何らかの注意を喚起する必要がある。 これが環境庁版RD種である。 しかし、国レベルでは種の指定または広い範囲での生息地指定をすることはできても、具体的に生息範囲そのものを保護するといったことは、多様な国土に対して行うことには無理がある。 面積が5千 程度の県土でRD種を指定することの意義はそこにあると考える。 つまり、種名をあげ、特定の場所、面積について具体的に記載することで、その種に対する人々の注意を喚起し、保護の実をあげる効果があると考えるのである。 もちろん、種によっては生息地をあげること自体が絶滅を招来する危険性があることも、残念ながら事実であるので、それについては検討会では十分な注意を払った。このような考え方を検討会では生息地中心の発想、ハビタット主義と呼んでいる。 そのために作業は植物群落の調査を柱の一つとした。 自然度の高い植物群落を取り上げ、そこに生息する動物や植物の種をリストアップし、検討しようとの考えである。 一般に自然度の高い群落は生物多様性もほかと比べて高いとの考えがその背後にあることは勿論である。 しかし、重要な種はそのような植物群落以外にも生息していることもまた事実である。 例えば、淡水や汽水などの水域やその周辺地に生息する生物や行動域の大きな動物などである。 したがって、調査は各分類群毎にも個別に行われた。
生物多様性の高い地域を重点的に保全しようとする考え方を、世界の保全生物学者はホット・スポットの保全とよんでいる。 そして、その方法が最も効率的に保全目標を達成する途であるとしている。 Myersら(2000)は、この考え方にたって地球上のホット・スポットとしてカリブ海、スンダ列島、中南米、ブラジル、ニュージーランド、南中国など25ヵ所を選んでいる。 この考え方は大きな尺度では地球規模で、ずっと小さな尺度では県レベルでも適用可能である。 ハビタット主義とは県レベルでのホット・スポットを定めようとする試みとも理解できよう。
国際自然保護連合(IUCN)の絶滅の恐れのある種の保護を検討する委員会(SSC)では1994年に新しい基準を設定し、我が国のその後のRD種の選定もほぼこの基準に従っている。 新基準はひとくちに言えば各種のメタ個体群を認識し、その絶滅確率を計算することで、従来定性的でしかなかった基準を可能な限り定量化し、保全の計画を立てるためのものである。 確率の高い種ほど絶滅の危険性が高いとするのである。 この新基準は我が国でも採用されており、環境庁から新基準で見直したRD種リストが動植物について各分類群毎に発表されている。 もし、この新基準を本県でも採用するとすれば、各種についてメタ個体群を確認する作業から始めなければならない。 しかし、このことは言うはやすく行うには多大の困難を伴う。 メタ個体群の確認された自然個体群の資料はほとんどの種についてまだ存在しないのが現状である。 そこで、本検討会では新基準の中の定性的要件を主として採用して種を抽出し、希少性の判定を行っている。
平成13年3月
福岡県希少野生生物調査検討会会長 小野 勇一
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