福岡県レッドデータブック

文字サイズ
画像:文字サイズ小
画像:文字サイズ中
画像:文字サイズ大
検索

種の解説

ハビタット

  • (1) 海岸岩礁

    海岸の岩礁の潮間帯およびその周囲にはここをハビタットにする特殊な昆虫群が生息する。特にハエ目のものが多く,ヒメガガンボ科,ユスリカ科,アシナガバエ科,ニセミギワバエ科などの一部がここに適応して海藻類などの藻類,フジツボ類などを幼虫期の食餌として生活している。今回は選定されなかったが,本県をタイプ産地とする種ゲンカイシグマクチナガイソアシナガバエConchopus saigusai Takagiも福岡市の岩礁から記載されている。コウチュウ目のシロヘリハンミョウもこのような場所を生息域としている。海岸岩礁は現時点では環境の破壊はさほど進んでいないが,港湾工事やテトラポッドの設置などによってある程度の影響を受ける可能性がある。

  • (2) 海岸砂浜・砂丘

    本県では北九州市西部から福岡市にかけて海岸の砂浜や砂丘が断続的に続いている。このハビタットはそこに固有の様々な昆虫群の生息地になっている。波打ち際から海岸植生が生じるまでの砂浜は植生を欠くが,このゾーンには海から打ち上げられた海藻類や魚類など海産動物の死骸がみられ,これらを食餌とする昆虫類やさらにその昆虫類を捕食する双翅類や甲虫類が生息する。これらの昆虫群でも特にハエ目の種が多く,ミギワバエ科,ハマベバエ科,セダカバエ科のハマハシリバエ属Chersodromiaが打ち上げられた海藻類の中にみられ,またムシヒキアブ科やニクバエ科などがこのゾーンを主要な活動域にしている。満潮線よりさらに内陸にはコウボウムギ,ハマヒルガオなどの草本類や部分的にハマゴウなどの低木類が生育しているゾーンがあり,ここが砂浜の昆虫類のハビタットとして最も重要である。このゾーンにはハマベウスバカゲロウやオオウスバカゲロウ(アミメカゲロウ目),ヤマトマダラバッタ,ハマスズ(バッタ目),アシナガナガカメムシ,ハマベナガカメムシ,ハマベツチカメムシ,スナヨコバイ(カメムシ目),ハマベゾウムシ,アリアケホソヒメアリモドキ,ルイスハンミョウ,ツヤハマベエンマムシやカラカネハマベエンマムシ(コウチュウ目),キバラハキリバチ,ウスルリモンハナバチ(ハチ目)などが生息している。福津市の砂浜のこのゾーンからは近年このハビタットに固有のRhamphomyia属の新亜属新種としてウミベオドリバエが発表されている。このゾーンに生息するハチ目の代表的な種としてニッポンハナダカバチがある。この種は集団で営巣する習性から,その生息にはある程度砂地の面積が必要である。このような砂浜や砂丘には近年海水浴場への転換を含む人為的な影響が及んでいる点は後述する。海岸にはさらに内陸に向かってクロマツを主体とする樹林が形成され,ここはこれら樹木の食植性昆虫の他にハルゼミや捕食性のラクダムシ類の限られた生息場所になっている。一方,河口部や海岸の汽水域の湿原はヒヌマイトトンボ,ヨドシロヘリハンミョウなどの重要なハビタットになっている。

  • (3) 湿地・ため池

    福岡県下の湿地やため池は現在著しく減少している。かつては低地の山間部にある程度湿地がみられたが,このような場所は市街地化やゴルフ場建設などによって次々と失われた。湿地はハッチョウトンボや各種の水生甲虫類などにとって重要な生息環境である。ため池やこれに類した池塘は止水性の水生,半水生昆虫の重要なハビタットである。しかし,市街地周辺ではかつてのかんがい用のため池が次々と失われている。城址を囲む掘割も止水性昆虫の重要なハビタットであり,エサキアメンボのようにこのような城址から発見された種もある。かつては湿地や休耕田,ため池からカメムシ目のタガメ,コバンムシ,コウチュウ目のキイロネクイハムシ,ヒメミズスマシ,スジゲンゴロウ,ゲンゴロウ,マルコガタゲンゴロウ,コガタガムシなどが採集されていたが,現在これらは絶滅もしくは絶滅寸前という状況であることが各種の解説に示されている。トビケラ類でもシンテイトビケラ,ツマグロトビケラなどはこのような止水域を幼虫の生息場所としており,ギンボシツツトビケラは湿地に,ミサキツノトビケラは池塘に生息するが,これらの種は産地が局限されているか,近年ほとんど記録が途絶えて急速に減少していると考えられるものである。湿地の草本植生にはハリマナガウンカ,ミツハシテングスケバのようなウンカ類の重要なハビタットである。減反政策の結果としての休耕田は現在減少傾向にあるが,ここも重要な湿地性昆虫の生息場所として機能している。このような環境に生息する昆虫類については水生昆虫類の項に具体的な名称を挙げて現状が示されている。

  • (4) 河川,渓流など

    河川は全域にわたってその水域がカゲロウ目,カワゲラ目,トビケラ目のほとんどすべての種,トンボ目,カメムシ目,コウチュウ目の流水性の種,ハエ目の多数の科,一部のチョウ目やハチ目の種の重要なハビタットになっている。上流部では源流域,岩清水などに固有の昆虫類が生息する。森林内の岩清水とその周囲は,ガガンボカゲロウ,オビカゲロウ,ナガレトビケラの一部やタニガワトビケラ及び今回ハエ目から絶滅危惧II類に指定されたケバネユスリカバエおよびキュウシュウホソカの幼生期の重要なハビタットである。源流部の細流が緩やかな泥質の水底になっている部分は絶滅危惧IB類に指定されたエサキヒメコシボソガガンボの固有のハビタットである。上流域の瀬と淵が連続する渓流部は川床が岩盤,大小の岩石や礫及び砂で構成されて,流速が速く,溶存酸素量の多い水に恵まれるので多数の水生昆虫の生息場所として極めて重要な部分である。中流域から下流域にかけては,砂質ないし泥質の水底となり,渓流部と異なって多くの抽水植物が河岸に生じ,しばしば湿地を伴う河川敷ないし中洲を形成する。さらに水際から離れた河川の土手も平地の低丈の草原として,特定の昆虫類の生息場所として極めて重要である。上流域から中流域に移行する部分はしばしば村落の中を流れ,ツルヨシなどの植物が河岸を覆い,多くの昆虫類の重要なハビタットになっている。オオサカアオゴミムシ,ヤマトモンシデムシ,ベニオビジョウカイモドキ,クチキトビケラなどはこのような環境に残存している。河川での水生昆虫類の減少については,水生昆虫類の項に具体的な名称を挙げて現状が示されている。特に,河川と河畔ではトゲナベブタムシ,ハガマルヒメドロムシ,ツマキレオナガミズスマシなど,渓流や岩清水ではツヤヒラタガムシ,クロヒゲコマルガムシなどの生存が危うくなっている。

  • (5) 草原

    草原はそれが位置する標高,土壌の湿潤さ,地質,植物の種構成と草丈,周辺の環境などによってその様態は多様であり,その多様性に伴ってそこをハビタットとする昆虫群集も特徴的である。湿原や沿岸部の草原は比較的遷移が進行せず安定する傾向があるが,それ以外の草原の多くは人為によって維持されている。このような草原性のハビタットは自然状態では河川の氾濫,土砂崩れ,山火事などによって生じるもので,人為的な草原に生息する昆虫類も基本的にはこのような一時的な草原や湿原性の草原を本来のハビタットとして,遷移に従って新しい生息地に移り住んできたものと考えられる。海岸の砂浜に生じる植生については前述のとおりである。沿岸部,特に断崖状ないし岩石や護岸工事などが行われた部分にはタイトゴメなど乾燥や塩害に強い植物が生育し,このような場所は遷移が容易に進まない点で持続性のある草原と言える。クロツバメシジミのようなチョウ類や海岸性のハチ類,ヨツホシハナコブヒメゾウムシなどの重要なハビタットである。河川の土手,農道の周囲,墓地などには旧来はゆるい人為的管理による草原が発達していて,低地性の草原性昆虫類の重要なハビタットであった。ジャコウアゲハ,キアゲハ,ツマグロキチョウ,シルビアシジミ,タイワンツバメシジミ,キタテハなどのチョウ類,シバミノガ,ハイイロチビミノガなどの移動性の弱いガ類などはこのような環境に適応した種であるが,現在はこのような草原が激減し,それに伴って上記昆虫類の生存が危惧されている。ホソハンミョウ,ルリナガツツハムシ,オオクサキリ,クズハキリバチ,フクロクヨコバイなども減少しつつある草原性の種である。近年は動力による草刈り機が汎用されて,頻繁に強度な草刈りが行われることによって,草原の種構成が貧弱になり,従来このハビタットを利用していた昆虫類の衰亡が目立つようになった。平尾台のような塩基性基岩である石灰岩や蛇紋岩の地域には高木の進入が少なく,草原が発達する傾向が強い。しかし,これも自然状態に放置すれば多くは遷移が進行して森林になる可能性が高く,火入れのような人為によって草原が保たれている。このようなハビタットにはオオウラギンヒョウモン,ウラギンスジヒョウモン,ギンイチモンジセセリ,アキヨシトガリエダシャク,トガリウスアカヤガ,ダイセンセダカモクメなどの鱗翅類やチッチゼミの重要な生息地になっている。

  • (6) 雑木林

    平地ないし低山地の雑木林は,本来の照葉樹林を伐採した後の二次林である。伐採後の造林など森林管理や自然更新によって二次林の樹種構成は多様である。二次林にはアラカシ,スダジイ,クスノキ,ツバキ,モチノキ類などの照葉樹とともにクヌギ,コナラ,ナラガシワ,クリ,エノキ,ケヤキ,ホオノキ,ネムノキ,ノグルミなどの落葉樹やマツ類が混生し,多種類の低木,草本を含む林床植生やマント群落が形成される。これらの植物に依存する食植性の昆虫類が多く,またそれらの捕食者や寄生者の昆虫類も豊富で,昆虫多様性に富むハビタットであるが,その構成種の多くはいわゆる普通種である。このような樹林にはかつては多くのチョウ類が生息していたが,最近は都市化,地球温暖化などの影響を受けて,チョウ類ではミヤマセセリ,アカシジミ,ミズイロオナガシジミ,オオミドリシジミ,コツバメ,クロシジミ,ゴイシシジミ,ヒオドシチョウなどの個体数が急速に減少している。このような傾向は他の昆虫群についても起こっていると考えられ,チャイロカメムシ,エノキカイガラキジラミ,ホシガガンボモドキ,ミドリカミキリ,エサキコンボウハナバチ,シロスジフトハナバチ,ウマノオバチ,フクイアナバチ,アナアキアシブトハナバチ,サトセナガアナバチ,ハマダラハルカ,ギンパラミナモオドリバエ,カシイヒメオドリバエなど本書で取り上げた種も個体数の減少が見られる。

  • (7) 照葉樹林

    照葉樹林は本県の平地から800 m前後の山地までの潜在的植生であった。しかし,その多くは低地や低山地で里山として雑木林に改変され,山地ではスギ,ヒノキの人工造林地に転換されている。そのために本来的に照葉樹林はあまり残存していない。低地ではアラカシ,スダジイ,コジイ,クスノキ,タブノキ,ツバキなど,高地ではウラジロガシ,イチイガシ,アカガシなどの樹種が見られる。照葉樹林は林床の草本類の発達が悪い場合が多く,低地の雑木林や上部にある夏緑樹林に比べると昆虫類の多様性にやや劣る傾向がみられる。しかし,ここには西南日本の本来の森林昆虫群集が形成されている。ルーミスシジミ,キリシマミドリシジミ,ナカハラヨコバイ,ゴミアシナガサシガメ,カワムラヨコバイ,ヒメハルゼミ,ヒコサンクビボソジョウカイ,クワヤマハネナガウンカやエサキクチキゴキブリなど照葉樹林に特徴的な昆虫類が絶滅ないし個体数の減少が起こっている。

  • (8) 夏緑樹林

    英彦山地や脊振山地など県内の800 m前後より高い山地はブナ,ミズナラなどの落葉闊葉樹を主体とし,これに照葉樹のアカガシを交えた夏緑樹林が発達している。これらの樹林はほとんど山稜部の狭い領域に限定されている。このハビタットには本県では著しく少ない冷温帯性の昆虫群集が形成されている。ヒコサンヒメヤブキリモドキやチッチゼミ,エゾゼミ,キュウシュウエゾゼミ,アカエゾゼミ,エゾハルゼミなどのセミ類,ニシキキンカメムシ,ルリヒラタムシ,ガ類のヒメクロオビフユナミシャクやヤガ科のいわゆるキリガ類などの県内での数少ないハビタットとなっている。チョウ類ではいわゆるゼフィルス類のフジミドリシジミ,アイノミドリシジミ,エゾミドリシジミ,ウラキンシジミ,メスアカミドリシジミやキバネセセリなどが生息している。自然林を伐採して行われた人工造林がほとんど終了しているので,現在残されている夏緑樹林の多くは今後伐採される可能性は少なく,ここをハビタットとする昆虫群集もこれまでは比較的安定した状態で保たれてきた。しかし,後述のように近年になってシカの食害による森林破壊が英彦山地などで急速に進行しており,ここをハビタットとする昆虫類の今後が著しく憂慮される状況になっている。

Copyright © Fukuoka Prefecture All right reserved.