ハビタット
- 海岸域
海岸域のハビタットとしては,海岸岩礁と海岸砂浜・砂丘がある。海岸の岩礁の潮間帯にはシロヘリハンミョウが県内の限られた地域(福津市の海岸など)に生息する。海岸の波打ち際や砂浜にはハマベゾウムシやルイスハンミョウ,ツヤハマベエンマムシ,カラカネハマベエンマムシなどが生息する。さらに内陸のコウボウムギ,ハマヒルガオなどの草本類やハマゴウなどの低木類が生育するゾーンにはハマベウスバカゲロウやヤマトマダラバッタ,ハマスズ,スナヨコバイなどが生息する。アシナガカメムシ,ハマベナガカメムシ,ハマベツチカメムシは九州北部の海浜性草原群落に強く依存しており,その減少や分断化によって個体数が減少している。沖ノ島には,ほかの地域では珍しいコトラガが普通に生息しており,ノブドウやヤブガラシを食べる各齢の幼虫を確認した。県北の砂浜やその後背林の松林はハチ類などの重要な生息地となっている。前回のRDB選定時に注目されていた福岡市西区今津のニッポンハナダカバチ集団営巣地は現在も十分な規模が保たれており,県内の個体群の維持に重要な役割を果たしていると考えられる。同地ではさらにキアシハナダカバチモドキの生息も近年になって確認された。また,糸島半島北部の芥屋では南方系のハチであるオキナワキバラハキリバチとトゲアシツヤハナバチが海岸線の植生で確認されている。そのほか,キバラハキリバチとクズハキリバチも礫質の海岸線付近の荒地で確認されている。
- 陸水域
陸水域は止水域と流水域の二つに大別される。止水域のうち,池沼や水田はアキアカネやコバンムシ,イトアメンボ,クビボソコガシラミズムシ,ケシゲンゴロウ,ツブゲンゴロウ,シマゲンゴロウ,オオミズスマシ,ガムシ,ミサキツノトビケラなど,湿地はハッチョウトンボやキンイロネクイハムシ,オナガカツオゾウムシなど,県南部の農業用水路としてのクリークはエサキアメンボ,オオチャバネヨトウ,タカムクミズメイガなどの重要なハビタットとなっている。しかし,その多くの場所で圃場整備に伴う改修や農薬使用に伴う水質汚濁,管理放棄による遷移進行などにより生息環境が悪化している。特に農業用ため池に生息する種において,前回改訂時以降の10年間で激減した種が多く,今回新たに絶滅と判定した種のうち,クロホシコガシラミズムシ,コウベツブゲンゴロウ,マルガタゲンゴロウ,ゲンゴロウ,ヒメミズスマシ,ヤマトホソガムシ,コガタガムシは主に農業用ため池に生息していた種である。
流水域のうち,上流域の水際はツヤヒラタガムシやクロヒゲコマルガムシなど,中流域の砂泥底はキイロサナエやナゴヤサナエなど,河川や水路の岸際の植生帯はアオハダトンボやキベリマメゲンゴロウ,コオナガミズスマシ,セマルヒメドロムシ,クチキトビケラなどの重要なハビタットとなっている。また,河川敷の植生帯や河原はヤマトモンシデムシやアイヌハンミョウ,オサムシモドキ,ベニオビジョウカイモドキなど,筑後川など大きな河川の湿生植物帯はハイイロボクトウ,ハガタウスキヨトウなどの重要なハビタットとなっている。しかし,その多くの場所で河川改修に伴う護岸整備や浚渫,河川敷植物相の単純化により生息環境が悪化している。
このほか,河口部や海岸の汽水域の湿原(塩性湿地)はヒヌマイトトンボ,キタミズカメムシ,ヨドシロヘリハンミョウ,ハガタウスキヨトウ,ノヒラキヨトウ,キュウシュウスジヨトウなどの重要なハビタットとなっている。しかし,周辺環境の開発や塩性湿地そのものの埋立てにより生息環境が悪化している。
- 草原
草原性昆虫のハビタットは自然状態では河川の氾濫,土砂崩れ,山火事などによって生じるもので,人為的な草原に生息する昆虫類も基本的にはこのような一時的な草原や湿原を本来のハビタットとしてきたとされる。河川の土手,農道の周囲,墓地などにも人為的管理による草原が存在していて,低地性の草原性昆虫類の重要なハビタットであった。ツマグロキチョウ,シルビアシジミ,タイワンツバメシジミなどのチョウ類,ハイイロチビミノガなどはこのような環境に生息していたが,現在はこのような草原が激減し,これらの昆虫類の生存が危惧されている。中でもタイワンツバメシジミはおよそ30年間県内で確認されておらず,今回は絶滅とした。県内では20年以上記録が途絶えているオオウラギンヒョウモンも草原性種である。豊前市におけるフクロクヨコバイは,開発の影響を受けやすい街地の空地のススキ群落に生息している。また,イネ科草本との関係の深いチャイロカメムシは,1950年以降記録がなかったが,2019年以降,福岡市近郊で複数の産地が発見された。また,エサキコンボウハナバチは近年水田畦畔に営巣することがわかったが,農道や法面の整備が進み生息適地は減少している。クズそのものはどこでも大きな群落を形成しているが,巣材にクズの葉を用いるクズハキリバチを確認できている地点は非常に少ない。アナアキアシブトハナバチは福岡市の香椎で記録があるが,市街地化が進んでおり生息はかなり厳しい状況と考えられる。
平尾台は,カルスト地形が広がる石灰岩地で,県内では代表的な草原性昆虫の生息地となっている。平尾台は一部に森林や湿地などがある変化に富んだ環境で,毎年野焼きが行われるなど人為的に管理が行われている。この地域には,オオウラギンヒョウモン,ウラギンスジヒョウモン,アキヨシトガリエダシャク,トガリウスアカヤガなどの鱗翅類が多く生息していた。現在,平尾台には,草原を代表するダイセンセダカモクメ,アキヨシアカスジヤガ,ヒメムラサキヨトウ,フタスジギンエダシャク,小蛾類についてはホソハマキ類,フタベニオビノメイガ,コチャオビノメイガなど多くの希少種が生息する。このほかに,セアカオサムシ,オオアオホソゴミムシ,ナガサキクビナガゴミムシ,アサカミキリ,ホソハンミョウ,ルリナガツツハムシなどのコウチュウ類,クロマルハナバチ,フジジガバチ,コガタシロスジハナバチといったハチ類などの重要な生息地となっている。平尾台のほかに,香春岳周辺,夜須高原周辺,英彦山中腹に草原がみられるが,平尾台を除いて植物の遷移が進行し草原環境の減少・悪化がみられる。夜須高原では,大雨による土砂の流出,ススキの広がりによる植物相の単純化などにより,特に草原特有のカミキリムシ類,ハムシ類,ゾウムシ類は減少していると思われる。
- 森林
県内の平地ないし低山地にはアラカシ,ウラジロガシ,イチイガシ,スダジイ,コジイ,クスノキ,タブノキ,ツバキなどにより構成される照葉樹林やクヌギ,コナラ,クリ,サクラ,エノキ,ケヤキなどの落葉樹やマツ類が混生する雑木林があり,多種類の低木,草本を含む林床植生やマント群落が形成され多くの生物が生息している。しかし,県内の自然林は伐採され二次林やスギ・ヒノキの人工造林地に転換されている場所も多く,潜在植生である照葉樹林はあまり残存していない。照葉樹林には西南日本の本来の森林昆虫群集が形成されており,かつては多くの昆虫類が生息していたが最近は様々な要因により減少している。特に,ナカハラヨコバイ,オオチャイロハナムグリ,ヒコサンクビボソジョウカイなど照葉樹林に特徴的な昆虫類で絶滅ないし個体数の減少が起こっている。また,1990年代から里山の林内の乾燥化が急激に進んでいるようで,コウチュウ類では里山の雑木林でよくみられたコガネムシ類,オオキノコムシ類,カミキリムシ類をはじめ多くの種が減少していると思われる。チョウ類では20年近くキマダラモドキの記録が途絶えており,今回の調査でも発見されなかった。キマダラモドキと同じ森林性のクロヒカゲモドキやヒカゲチョウなども減少がみられる。同様に,カメムシ類のチャイロカメムシ,ゴミアシナガサシガメ,エノキカイガラキジラミなども個体数の減少がみられ,低山地の森林に局所的に分布するクワヤマハネナガウンカは,過去10年以上追加記録がなく情報不足とした。ハチ類では里山周辺の集落でニッポンモンキジガバチやサトセナガアナバチ,オオツツハナバチ,ヤマトハキリバチなどがみられる。ウマノオバチは稀ながらも複数の地点で採集あるいは目撃されている。
英彦山地や釈迦岳周辺,脊振山地など県内の標高800mより高い山地はブナ,ミズナラなどの夏緑樹(落葉樹)を主体とし,これに照葉樹のアカガシを交えた夏緑樹林が発達している。これらの樹林はほとんど山稜部の狭い領域に限定されており,県内には著しく少ない冷温帯性の昆虫類が生息している。チッチゼミやキュウシュウエゾゼミ,アカエゾゼミ,ニシキキンカメムシ,ヒコサンオオズナガゴミムシ,ルリヒラタムシ,オオサワクビボソジョウカイ,クシヒゲビロウドムシ,スネケブカヒロコバネカミキリなどの県内では数少ないハビタットとなっている。チョウ類ではフジミドリシジミやアイノミドリシジミ,エゾミドリシジミ,メスアカミドリシジミ,キバネセセリなどが生息しているが,愛好家が多く情報の蓄積が多いミドリシジミ類ではアイノミドリシジミとメスアカミドリシジミの観察数および記録数が大きく減少している。また,山地の崖環境を好むホシミスジやクロツバメシジミも生息地が限定的であり生息数および生息地の減少が危惧される。ガ類では,ウスアオキリガなどのキリガ類,オビグロスズメ,ハネブサシャチホコ,エチゴハガタヨトウ,フユシャク類などがみられる。ハチ目では,かつて英彦山でイトウハバチがみられたが,近年の記録はない。英彦山ではほかにもヒコサンムカシアリ,ミヤマアメイロケアリ,サムライアリの採集例がある。ハネナシコロギスなどを狩るフクイアナバチは近年では英彦山のほか香春岳でも発見されている。