福岡県レッドデータブック

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種の解説

魚類相とハビタットの特徴及びその保全

福岡県内の純淡水魚類相は東部の響灘・豊前海に流入する諸水系と,西部の筑前海・有明海に流入する諸水系でその成立過程が異なり,生息する種類に違いが認められる(中島ほか,2006)。メダカ,ドンコ,カゼトゲタナゴなどでは,同種であってもこれらの地域間で遺伝的に大きな違いがあることが知られている。 また,福岡県は瀬戸内海,日本海,有明海の3つの異なる海域に面しており,それぞれ特徴的な環境が異なることから生息する主要な魚種についても違いが認められる。これらのことから,県内の魚類保全においては,地域の生物地理学的な特徴をよく理解した上での個別の対策が必要となる。

福岡県内には200以上の独立水系が存在し,河川によりその形態は様々である。例えば,博多湾に流入する河川は脊振山の地質の影響で砂質の河床が広がる傾向にあり,那珂川ではカマツカ,ヤマトシマドジョウといった流水の砂底を好む魚種が中流域に広く分布する。そして,オヤニラミやアリアケギバチのような礫底やツルヨシ帯に依存する魚種の分布域が狭い傾向にある。一方,豊前海に流入する岩岳川や城井川などの河川は下流部まで急勾配で,その河床が礫底である。そのため,カマツカなどの分布範囲は狭いか,あるいは分布せず,オヤニラミが下流部まで分布している。したがって,地質や河床の勾配が河川流水域を好む魚種の分布に影響することから,県内河川の全てを同質ととらえるのではなく,各河川の環境構造の特徴に応じた管理がその保全上,重要となる。

また,福岡県は平野部に福岡市,北九州市をはじめとする大都市があり,生物多様性保全と治水安全度の向上の両立が大きな課題である。例えば,福岡都市圏の河川では,那珂川は下流域の環境改変が著しい一方,中流から上流にかけての自然度が高い。また,多々良川は下流域の環境改変が進んでおらず,そこに多くの希少魚類が生息している。本来,すべての河川の最大限の種多様性を保全すべきだが,現状の魚類の多様性の特徴を生かすのであれば,那珂川ではカジカ,アカザ,オヤニラミ,アリアケギバチといった中流域の希少魚を,多々良川ではタナゴ類,ハカタスジシマドジョウといった下流域の希少魚を保全目標に据える等の工夫で対処することも選択肢の1つである。

河川の氾濫原や農業用水路に主要な生息場を持つ魚,河口域の干潟に生息する魚,海と川を行き来する通し回遊魚なども,福岡県内では危機的である。また,筑後川の感潮域にのみ生息する魚種には固有種や大陸遺存種がみられるため,そのハビタットの保全は国内の生物多様性保全上も極めて重要である。以下に,福岡県産魚類のハビタットとその保全について整理する。

  • (1) 河川上流・中流域

    福岡県の河川渓流部に生息する絶滅危惧魚類はヤマメとアマゴである。県西部の河川にはヤマメ,県東部にはアマゴが生息する。両種ともサケ科魚類で冷水性なため,標高が高い河川上流部の低水温の環境を好む。渓流部のプールに定位して落下昆虫などを食すため,渓畔林を伴ったステップ&プールの構造がその保全上,重要である。砂防ダム等で移動を阻害され,個体群が分断化される可能性などにも注意を払わなければならない。

    河川中流域の扇状地区間,河床勾配が1/150前後となる区間には,イシドジョウ,スナヤツメ,アリアケギバチ,アカザ,オヤニラミ,カジカ大卵型などが生息する。適度な河床の攪乱が瀬の間隙を好むアカザやカジカの生息に重要である。これらの魚種の生息区間はしばしばダムの湛水区間となり,その建設に伴う生息場喪失等の直接的な影響を受けるが,それに加えて,ダム下流に生息場が残っても,河床材料が均質化するアーマーコート化(高橋ほか,2009)の影響で生息環境が悪化する。近年,いくつかの河川で取り組まれはじめた土砂還元もその生息場を維持する重要なツールとなりえる。これらの魚の多くは瀬の礫下に産卵するため,瀬淵の維持・再生は重要となる。それに加えて,ツルヨシなどの根茎に産卵するオヤニラミにとっては,水際の植生を維持する工夫が必要である。

    このほか,通し回遊魚類のいくつかの種類は本来中流域まで遡上していたものと考えられるが,河川横断構造物の影響で遡上が不可能となっている状況がある。特にアユは江戸時代には県内の多くの河川の中流域に多数生息していたことが明らかになっているが,現在では自然に遡上して再生産している河川はごくわずかである(中島,2013)。魚類の遡上に適した最新の知見に基づく魚道の積極的な設置が望まれる。

  • (2) 河川下流域・氾濫原域

    福岡県内の河川の下流域には,オイカワ,カマツカのように流水域を好む魚種とタナゴ類やスジシマドジョウ類のように止水的な環境を好む魚種が生息する。流水性の魚種にとっては,瀬淵構造がその生息に重要となる。止水性の魚類にとっては,水際のワンド,たまり,二次流路などが主要な生息場である。堤防内に氾濫原の代替的機能を伴う水際を如何に維持・創出することが,河川下流の魚類の多様性保全に必要不可欠である。最近の河川では,河床が低下して水域と陸域の高さに大きな段差ができる傾向にあるが,このような二極化が進んだ区間では,小規模出水時に河川敷上に水が流れる程まで河川敷の切り下げを行い,またその中にワンドやたまりを創出することが望まれる。このような事例は,都市河川である多々良川水系の下流域で実際に行われ,効果をあげていることを付記しておく(鬼倉,2007)。

  • (3) 農業用水路網

    水田地帯に水を送り,また排水する農業用水路も福岡県産の淡水魚類にとって重要なハビタットである。稲作が行われる以前,水田地帯は河川の氾濫原湿地として機能し,そこに生息した淡水魚類が現在の農業用水路に分布している。その中で,ヒナモロコ,カワバタモロコなどは河川水域にはほとんど出現せず,農業用水路のみに専住する。また,タナゴ類なども農業用水路に多くみられる。水田地帯の圃場整備と農業の近代化によって,これらの魚類のハビタットは全国的に著しい改変を受けており,コンクリート護岸化(鬼倉ほか,2007)や非灌漑期の水枯れなど,これらの魚類に対する具体的な負の影響が明瞭化しており,その対策が急務である。

    柳川市周辺に多くみられるクリーク網は,県内の数ある農業用水路網の中でも極めて多様な魚類相を見せることを付記しておく。水田地帯に水を送る流水水路と,その水を貯める止水水路が複雑に連結し合うことで,流水的な生息場を好む魚種,止水的な生息場を好む魚種の両方の生息を可能としている。全国を見ても,このような複雑な水路網と多様な魚類相を伴う場所は珍しく,保全する意義は大きい。隣県の佐賀県では,県営水路については従来のコンクリート護岸を使わずに,県産間伐材を使った木柵工法を採用・整備することとなっており,生態系への正の効果が期待されている(鬼倉,2012)。農業施策と密接に関わりある問題ではあるが,隣県施策を参考にこれまでの施策を見直すなど,農業用水路の多面的機能のひとつである生物の生息場としての価値を失わないように努力することが急務である。

  • (4) 河川汽水域

    汽水域に定住する底生魚類から見た場合,福岡県内の河川汽水域の重要なハビタットは,「汽水域中上流部の砂礫干潟」,「汽水域中下流部の砂干潟」,「汽水域中下流部の砂泥塩性湿地」,「汽水域下流部の砂泥・泥干潟」の4つに大別できる。汽水域中上流部の砂礫干潟はクボハゼやイドミミズハゼの生息の場であり,シロウオが産卵する場でもある。汽水域中下流部の砂干潟にはチクゼンハゼ,ヒモハゼ,汽水域中下流部の砂泥塩性湿地にはトビハゼ,マサゴハゼ,汽水域下流部の砂泥・泥干潟にはキセルハゼ,エドハゼ,タビラクチ,チワラスボが生息している。それぞれのハビタットが,河川からの土砂供給と水の流れ,海域からの潮汐と波浪のバランスで成立しているため,埋立や浚渫,河口堰の建設などによりハビタットが直接改変される場合だけでなく,上下流での環境変化による間接的な影響により消滅してしまうおそれがあることを十分留意すべきである。

    福岡県においては,上記の4タイプのハビタット全てが危機的状況にあるが,その中でもとりわけ「汽水域中上流部の砂礫干潟」は脆弱な環境であるといえるだろう。通常,下流域の河床勾配がある程度急な河川の汽水域は,干潮時の流路が瀬淵構造を成しており,河床材料の大きい瀬(砂州)側はイドミミズハゼの生息場やシロウオの産卵場となり,河床材料の小さい淵側はクボハゼの生息場となる。福岡県における砂礫干潟の環境悪化は,「表在する礫がなくなり砂質化している」場合,「大きい礫しか存在しない」場合の2つのタイプに分けられる。前者は,響灘西部や玄界灘で多くみられる事例である。理由として,響灘西部や玄界灘に流入する河川は,地質の影響で砂質の河床が優占するため,何かしらの人為的な環境改変を受けた場合,単調な砂質干潟になりやすいためと予想される。おそらく,博多湾におけるクボハゼの絶滅,シロウオの減少の要因の一つであろう。後者は,響灘東部や周防灘で多くみられる事例である。イドミミズハゼが生息するような粒径の大きい河床材料は表在しているのに対し,クボハゼが生息するような小さい粒径の砂礫は少ない。冒頭部に記したように,響灘東部や周防灘に流入する河川は下流部まで急勾配で,礫質の河床が優占する場合が多い。そのため,人為的な環境改変を受けた場合,単調な粗い礫干潟になりやすいと予想される。このように,人為的環境改変による汽水性魚類の生息環境の単調化の方向性は,流域の特性に応じてある程度予測できるため,汽水域の保全・再生を行う際は,河川ごとの流域特性と現存のハビタットの状態を踏まえた対策を行うべきである。河川汽水域におけるハビットの形成・維持プロセスは未解明な部分が多く,今後の研究の進展が望まれるところではあるが,現状で考えられる環境の単調化の原因として,河口域の水際形状の単調化と狭小化,低水路を掘り下げることによる流路の固定・直線化,土砂供給量の減少による河床低下が挙げられる。これらの解消が,河川汽水域に生息する魚類の生息場の保全・再生にとって重要であると言えるだろう。平成23年,遠賀川では河口堰に設置される既存の魚道に加えて,遊泳力の乏しい小型魚の遡上を可能とする緩勾配の多自然魚道が設置された。この魚道は長さが200m以上あり,水際と底部は砂礫で構成されるため,単なる小型魚の移動だけでなく,汽水魚の一部にその生息の場を創出している。汽水域の絶滅危惧魚類の危機要因が抜本的に解決されるわけではないが,魚道の中に汽水魚の生息場としての機能を持たせるような新しい視点での保全努力の積み重ねが将来的なそれらの危機回避の一助となるかもしれない。

  • (5) 有明海と筑後川感潮域

    有明海とその流入河川の感潮域には固有種や大陸遺存種が多く認められ,日本の生物多様性保全上,重要なエリアのひとつである。そして,その多くは,有明海の大きな潮汐と河川水によって形成される汽水域水塊の動態に呼応するような生活史を伴っている(日本魚類学会自然保護委員会,2009)。例えば,産卵期に有明海から筑後川に遡上して産卵するエツの場合,産卵場所は淡水域,その後の卵の孵化条件は汽水域の低塩分環境である。また,筑後川の感潮域上端の水塊を主要な生息場とするアリアケヒメシラウオは,大潮の満潮時でも塩分が0.3を下回り,河床材料が砂質の場所で産卵を行う。この魚の産卵環境は支川の広川に残される一方,筑後川本川ではガタ土の堆積が進み,産卵できる環境が大幅に減少している。筑後大堰建設以降,感潮域区間が減少したこと,河床掘削と砂利採取に伴う河道の二極化,土砂を流すための掃流力の低下など(河川環境管理財団,2008),筑後川の汽水域水塊の動態を変化させた可能性のある人為的な要因は様々であるが,少なくとも筑後川本川だけではなく,その汽水域に流入する支川を含めた総合的な保全対策が必要である。

    一方,有明海で最も有名なムツゴロウはガタ土と高塩分を好むため,近年,選好する環境が広がっており,前浜だけでなく,筑後川の河道内にも広がっている(竹垣ほか,2005)。この分布の広がりは,筑後川の汽水域が有明海の海域に類似した環境へと変化していることを意味しており,先に述べたアリアケヒメシラウオなどの分布の狭小化と背反関係にあると推察される。ムツゴロウは有明海の前浜に生息し,筑後川の汽水域内に多様な塩分濃度と様々な河床材料が存在することが,この水域の健全な自然環境であると考えられる。

    その他,大陸遺存種であるヤマノカミ,有明海を含め県内の閉鎖系水域に出現するショウキハゼなどは産卵基質にタイラギやカキなどの二枚貝の空殻を利用する(日本魚類学会自然保護委員会,2009)。近年の有明海の改変に伴い,タイラギをはじめとする二枚貝類の斃死やそれらの資源量の急減が起こっており,産卵基質を二枚貝類に依存する希少種は注視しておく必要があろう。

  • (6)その他

    周防灘に広がる砂質の前浜干潟は,魚類の種多様性は決して高くなく,一見見落とされそうなハビタットではあるが,アオギスの最大規模の生息地であり,また,シロチチブ,シラヌイハゼなどの重要な生息地でもあるため,埋立や航路浚渫による砂質の前浜干潟の減少や分断化には今後とも注視する必要がある。また,福岡県内での磯焼けは,近隣県に比べてそれほど顕著ではないものの,海水温上昇や,対馬海流の流路変更などで顕在化する可能性があるので注視が必要であろう。

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