福岡県レッドデータブック

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各分類群の概論

危機の要因と保全対策

鳥類の危機要因は以下の5つに大別される。

  • 気候変動(温暖化)

    現在,人間活動の影響と考えられる気候変動が顕著化しており,ヒトを含む生態系が著しい影響を受けている。気候変動に起因すると考えられる環境変化には,植生変化,自然災害,餌生物の分布変化などが挙げられる。分布の南限種については,環境変化の影響によって生息適地から外れ,生息地の縮小,消失へと繋がっていく。特に高標高地での影響が大きいと考えられ,落葉広葉樹林の縮小,劣化は,コマドリ,サンショウクイ,コルリの繁殖地の消失やヨタカ,オオアカゲラ,ゴジュウカラの分布域の縮小に関連することが疑われる。線状降水帯の発生が多発し,各地で激甚災害が発生するようになり,大規模土石流やその後の緊急対策工事によりカワガラスやヤマセミなど河川上流に生息する種の生息環境の消失がみられている。増加する洪水被害への対処として,川幅拡張による氾濫原環境の創出や大規模遊水地を活用したビオトープの設置など,洪水対策と生態系保全の両立は可能と考えられる。地域住民への理解を得ながら,積極的な治水と生態系保全の両立が求められる。海域では海水温の上昇により餌生物の分布や生息数の変化が起きていると考えられ,それに伴い海鳥類の生息に影響が出ている可能性がある。

  • 開発関連

    上記,気候変動の最も効果的な対策として,再生可能エネルギーへの転換が進められ,太陽光発電や風力発電施設の開発が進められているが,鳥類への影響が懸念されている。風力発電は,バードストライク,建設に伴う生息地破壊,衝突回避行動に伴うエネルギーロスなどが問題となるが,風車の設置が鳥類にどの程度の影響があるかが十分に解明されないまま事業が進んでいる面がある。本県は東西と南北の渡りルートが交差する「渡りの十字路」に位置する。多くの鳥類が様々な場所,高度,時間帯で通過しており,日中に移動するハチクマやヒヨドリなどの移動状況は判明しているものの,小鳥類,シギ・チドリ類,海鳥については,夜間や洋上での移動状況が解明されていないことが多い。センシティビティマップ活用による立地場所の回避も考えられるが,本県は渡りの重要コース上に位置しているため,どの場所に設置したとしても何らかの影響は生じるであろう。風車のブレードの形状など鳥類に影響の少ない発電施設の開発が望まれるとともに,渡りの時期に対応した運用面での調整や立地場所に関する十分な検討が行われることが求められる。太陽光発電についても,比較的なだらかな丘陵地や山腹を大規模に切り開いてパネルを設置する事例が各地で増えており,景観,土砂流出とともに生態系への影響が懸念されている。また,埋立地での設置についても,一般的にはただの空き地にみえる未活用地でも,重要種の生息地となっている場所が多くあり,立地に関しては十分な検討が行われることが求められる。

    陸域では,ダムや高速道路,鉄道などの大規模な開発や公共事業については一段落着いた状況となっている。一方,伐採期を迎えた植林地で集材を行うための林道開発が行われているが,多くの事業では環境アセスメントが実施され,モニタリングとともに配慮を行いながら開発が進められている。近年多くの植林地が壮齢林となり,クマタカの植林環境への適応やオオタカの九州での分布拡大も相まって,これら猛禽類が植林地に多く生息するようになっている。伐採地の存在はこれら猛禽類の餌場になる一方,広域にわたる皆伐は個体群への影響が大きい。猛禽類がその地域に持続的に生息できるよう,生態系に配慮した伐採計画が求められる。

    海域では,浚渫土砂の処分の問題もあり,響灘や周防灘においては埋立地の造成が続いている。既存の埋立地では一時的に広大な面積の湿地や裸地が形成され,チュウヒやコアジサシ,チドリ類の繁殖地,シギ類やクロツラヘラサギの越冬・中継地として利用されるようになっている。土砂処分場としての埋立地造成が当分続くのであれば,計画的にこれらの造成過程の湿地を保全対策に取り入れ,継続的に湿地が存在するような配慮が望まれる。

  • 農業の変化

    農耕地は多くの鳥類の生息地となっている。県内においては稲作と麦作の二毛作が進んでおり,品種改良による稲作の短期化が可能となったことから,麦作を春まで行い,初夏に田に水を入れる場所が増えている。特に筑後地方でその傾向は顕著となっている。田への水入れの遅れ,短期化,乾田化はサギ類,シギ・チドリ類などの水辺を利用する鳥類に大きな影響を与えている。シギ・チドリ類は春の渡り時期に水田が減少したことにより,中継地として利用できなくなっている。サギ類やタマシギは,田への水入れの遅れと稲作の短期化の影響を強く受けていると考えられ,繁殖場所や採餌場所としての利用ができなくなっている。水田の代わりに出現する冬季の麦畑は,乾燥していて餌が少なく,麦の成長が早く変化が著しいため,利用できる鳥種は限られる。そのため,稲刈り後の水田と比較して冬季の麦畑は鳥類相が単調になる傾向がある。また,圃場整備が進み,休耕田,休耕地がほとんどみられなくなるなど,鳥類の生息環境の多様性が失われる傾向にある。かつては草の生い茂った休耕地や未舗装の農道はホオジロ類やタヒバリ類,ウズラなどの生息地となり,ハツカネズミやハタネズミが多く生息していたことからコミミズクやハイイロチュウヒなどの採餌場所やねぐらとして利用されていた。また水を張った休耕田は渡り時期のシギ・チドリ類をはじめとする水鳥類の採餌・休息場所として利用されていた。現在はこれら休耕地を生息場所としていた多くの種が減少しており,レッドリストに選定されている。

    一方,農地・農村環境を生物多様性戦略の中に位置づけ,保全や再生を推進する取り組みも行われており,今後は農業の効率性の向上だけでなく,生態系に配慮した農業政策が行われることが求められる。

  • 獣害・外来種

    県内における獣害は拡大しており,イノシシは全域で普通にみられ,島嶼への進出も続いている。ニホンジカは低標高でも普通にみられるようになり,脊振山地への進出も時間の問題と懸念されている。ニホンジカの増加は下層植生を食い尽くすことにより生態系に大きな影響を与え,英彦山地ではコマドリが繁殖できなくなった。イノシシは林床で土を掘り返すように餌を探すため,地上営巣を行う種への影響が懸念される。ニホンジカ,イノシシは農業分野での経済損失も甚大で,対策が進められているが,現在のところ食い止められていない状況である。脊振山地は九州では数少ないニホンジカの影響がみられない植生が維持されており,この環境を維持するためにも脊振山地でのニホンジカ侵入対策が行われることが望まれる。外来種であるアライグマも急速に分布を拡大しており,木にも登り,手先も器用であることから,鳥類を含む生態系への影響が懸念され,早急な対策が求められる。

    沖ノ島の属島の小屋島にはかつて2度ドブネズミが侵入し,カンムリウミスズメ,ヒメクロウミツバメが壊滅的な影響を受けた。現在は回復が進んでいるものの,再侵入のリスクは常にある。沖ノ島にはイエネコが生息していたことがあり,現在はみられなくなったもののイエネコが生息していた際にはオオミズナギドリが捕食されるなどの影響もみられた。クマネズミも生息しており,リュウキュウコノハズクやウチヤマセンニュウへの影響が懸念されている。これらの害獣被害は早期の対策が重要であり,関係機関の連携によるモニタリングや駆除などの対応が求められる。

    外来種についてはカワラバト(ドバト),カササギ,コジュケイが戦前より生息しており,1970年代にソウシチョウ,1980年代にガビチョウが確認され,県内全域に広がった。ソウシチョウ,ガビチョウについては特定の種への影響は顕在化していないものの,ソウシチョウは低標高帯や島嶼への進出,ガビチョウは高標高帯への分布拡大が進み,各地で優占種化しており,目にみえにくい影響が懸念される。コブハクチョウは放し飼い状態で飼育されていた場所から逃げ出したと思われる個体が北九州地方を中心に繁殖するようになり,徐々に分布を拡大している。

  • 野鳥カメラマンの増加による影響

    デジタルカメラの普及により,多くの野鳥観察者がカメラを携行し,記録として残せる時代となったため,記録精度の向上に繋がっている。一方,多くの人が野鳥の撮影を行うようになり,SNSの普及も相まって野鳥の撮影熱が高まっている。撮影対象として人気のある猛禽類やフクロウ類,カワセミ類などに加え,生息数の少ない希少種を求めて多くの人が撮影に訪れるようになり,問題が発生している。繁殖に対する影響は甚大で,多くの人が撮影に訪れることで過大なストレスを与え,営巣放棄につながることもある。ヨシゴイ,ヤマセミ,アカショウビン,ブッポウソウ,ヤイロチョウなどは特に人気が高く,撮影者による影響が懸念される。撮影による影響は個体への影響に留まることが多いが,ヨシゴイやブッポウソウなど生息数が著しく少ない種に対しては地域個体群の絶滅に繋がる要因の一つとなっている。狭い地域に多くの人が集まることにより地域住民とのトラブルに発展することもある。住民の感情悪化が地域に生息する鳥類の保全活動に悪影響を与えるケースも懸念される。観察者,撮影者のモラル向上と,情報が拡散した場合の影響を十分に考慮した情報管理が求められる。

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